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夢のなかの小径

夢 いのちの洗濯

ジグムント・フロイトが夢を「発見」するはるか以前、日本の僧が生涯にわたって夢を記録していたと知ったのは、河合隼雄さんの著作からだ。

明恵上人という鎌倉時代前期を生きた華厳宗の僧侶で、厳しくも非常にユニークな人生を送った方のようだ。『夢記』というそのものズバリの著作を残しているが、夢といってもぼくのような惰眠から生まれた夢ではなく、修行の産物としての夢であり、夢という自分ではなかなかコントロールできない世界をも、修行者としての強い意志で洗い清めようとしていたのかもしれない。

しかしためにし河合さんの本を読んでみると、『夢記』に残された夢の記録は、ぼくたちがめざめたときに印象深く思い出す、奇妙でみずみずしい映像ストーリーと少しも変わらない。

五井先生は夢をどうおっしゃっているのかというと、人間が日常生活のなかで行う想念行為の汚れを、眠っている間はあちらの世界へ帰って、洗い清めてもらっているのだ、ということだ。いのちの洗濯とでも言ったらいいのか。

だから悪い夢、怖い夢、気にかかる予知夢みたいなものも、消してもらっているのだから、気にしたり、気に病むことはない、という。

これは中沢新一さんの本にあったことだと思うが、チベット仏教では修行を重ねていくと、夢も光一色になって他に何も見ないそうだ。

なんだかつまらないなぁ、とぼくは思った。

夢に関して、ぼくはとりわけ興味を持っていることがある。それは「影」という概念である。次回は、ぼくが夢のなかで遭遇した「影」について書いてみようと思う。

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# by ourfolks | 2018-09-23 01:01

霊界の香り

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<ご挨拶にかえまして> 長らく、ご厚意により絵本作家、長内リエさんの作品を公開させていただきました。ここにあらためまして感謝を申し上げます。今回から新たに「あの世」をテーマにしたブログを開始いたします。しばらくは、リエさんの絵を挿絵として掲載させていただきます。夢と色彩に溢れる長内リエさんの作品世界をお楽しみください。

まずはじめにご紹介するのは、千葉県市川市にあった白光真宏会聖ケ丘道場での、在りし日、とあるお話である。
道場での細々した事務や五井先生やお弟子さんたちの世話をしていたある方が、ある朝、五井先生が会員さんたちの相談を聞いたり、お清めに使われる小さな和室に入ったところ、強い香りが鼻をついた。とっさに香水だと思ったそうだ。
その場に五井先生もおられたので「あらいやだ、五井先生。香水なんて」と言うと、
「香水じゃないよ。これは霊界の香りだよ」
とおっしゃったそうだ。

五井昌久先生の高弟である髙橋英雄先生のご著書を編集させていただくという望外の仕事をいただき、そのとき目にしたお話である。『五井せんせい』という本だ。

そのお話によれば、それは強い花のような香りだったという。

五井先生の『神と人間』によれば、私たち人間の本体とは、この肉体にではなく、神界にあり、同時に、霊界、幽界にも現われをもって同時に生きているのだそうだ。

わたしたちは、いわば、この世とあの世を同時に生きているということだ。

霊界に足繁く出入りして『霊界通信』なる大著を残したエマニュエル・スエデンボルグは、地球とは、広大な霊界の闇のなかにぽっかり浮かぶボールのようなもので、その小さなボールの空間は、霊界と肉体界とが奇跡的に混じり合っている世界だという。

その朝、霊界がそこに浸透してきて香り立ったのだろうか。

この世ならぬものを見たり聞いたりした話は、見るのも聞くのも脳の体験だから、脳が作り出した幻だ、といえばそれでもすむだろうが、私たちの脳はまだ、宇宙の輪郭さえ思い浮かべることができない未熟なものだ。

人と人が争い、奪い合い、殺し合う。

そんな未熟な脳の持ち主たちを、悲しむように今日も雨が降る。





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# by ourfolks | 2018-09-21 19:00

クリスタル・ラブ PAGE10

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# by ourfolks | 2017-08-06 11:27

夢のような話の世界に誘う語り
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